2011-02-27

THE PRODIGAL SONS at La.mama on 26th Feb



来年度の身の処し方が定まらず、心身ともに不安定になりすぎているなか、
チケットを買っていた、というただそれだけの理由でかろうじて動くことができた。

26日土曜は、様々なライヴが各地で開催されていて、とくに国内メタル系は活況を呈していた。
吉祥寺ではANCIENT MYTH/SoundWitch、渋谷サイクロンではVOLCANO、
鴬谷ではDRAGON GUARDIAN/LIGHT BRINGER/MinstreliXの「暗黒舞踏会」、という風に。


どれも観たかったのだけど、チケット発売前からTHE PRODIGAL SONS(以下プロディ)に決めていた。

市川"JAMES"洋二(b), 五十嵐"Jimmy"正彦(g), 森重樹一(vo), 松尾宗仁(g), 大島治彦(dr)


ZIGGYの森重・松尾コンビが、アンプラグド調のユニットとしてプロディを始めたのは5年前になる。
1st EPのいびつな宝石(2006)を出しライヴを始めたころは、本人たちも手探りだったらしい。

2009年に新たなメンバーを加え、バンド形態となってからは方向性が固まってきた。
雑な言い方で申し訳ないが、「ストーンズ型のロックンロール・バンド」がその方向性だ。

といっても、「ストーンズ型」なる言葉が含む因数といったら、とてもわたしの手に負えない多さだ。
ロックンロール、リズム&ブルーズ、スワンプ、フォーク、カントリー、ソウル、ファンク、レゲエ…。
また、ここに各メンバーのヴィンテージ機材へのこだわりが加わるのだから、すべてを理解するのはムリ。

その心地よい音楽に耳を傾け、体を揺らすよりほかにできることはない。
バンドがファンに期待するのも、そういったことだろう。

どこまで音を「引き算」できるか、いかに簡潔で「間」のある音楽をプレイするか。
それこそがロックンロールの神髄であり、その始原に還ること、ルーツを追及することが肝要。

すべてがシンプルだった時代に戻りつつ、それを日本人である自分たちが現在においてプレイするということ。
そういったことが「第二期プロディ」というバンドのコンセプトであり、それゆえに、森重は脱退を表明した

そんな状況のなかでの、新作のリリースと短いツアーだった。
いささか複雑な心境で会場に足を運んだかたも多かったのではなかろうか。


わたしはといえば、ただでさえ重い心境だったので危うく行かないところだった。
(前日に花粉の急襲をうけて両目とも結膜炎で死にかけていたというのもあるが)

ロックンロールのような「心地よい」音楽は、精神的に安定していないと聴けないし、楽しめない。
それでも会場へ向かったのは、ひとえに「仁義」みたいなもんである。(もちろん、眼科に寄ってから)


では、以下に昨日のラママ公演のライヴレポをお届けする。
(千秋楽の今日は混雑を予想して選ばなかったのだった)


* * * * * * * * * * * * * * *


開場時間に20分以上遅れて18:50過ぎにようやくラママに着くと、まだ入場の列がつづいていた。


看板には金曜とあるけど、土曜。


ラママは初めての会場だったけど、まさかあんなに観にくい構造になっているとは思わなかった。
「柱が邪魔」といえばクアトロの代名詞・別称・象徴だが、ラママはクアトロの比ではないのだ。

よってポジショニングに難航したけど、上手側上段に落ち着く。

そして思わずにいられなかった、彼らでさえもこんな小さい小屋でやらざるを得ないのか、と…。
音楽ビジネスが歪んでいるのはむかしからのこととはいえ、根本的な間違いを感じずにいられない。


そんなことを考えていたら、定刻を10分ほどおしただけでメンバーが登場。

フロントの四人はみなグラサン(サングラス、とは言いたくない)をかけているのが愛嬌あっていい。
でも、長年「音楽」という世界で生きていたひとたちだけあって、一般人とは隔絶した雰囲気が漂っている。

松尾にいたっては、知らない人が見たら「その筋の」ひとにしか見えないのではないだろうか、
というほどの圧倒的な存在感である。タトゥーだらけの森重を筆頭に、みな「そんな」感じだが。


新作のタイトルトラック"青い鳥"から、ライヴは始まった。

のっけからウソのようにいい音で、テレキャス独特のライトでクリアな音が最高である。
松尾のテレキャスは、指板が黒ずんでいるほどのヴィンテージもの。50年代ものだろうか。

詳しいことはまったくわからないが、楽器はだいたい以下の通り。
松尾は基本的にテレキャス(2本…3本?)、JimmyはSGやレスポールやストラト、
JAMESことアニキは、黒いヤツ(シーン?)と白いヤツ(プレシジョン?)。

素晴らしい音と素晴らしい歌唱に、ここ最近で蓄積された鬱憤が早くもどこかに消えていた。

森重は機嫌がいいときにいつも見せる、大きな口を横に開いてニッと笑う、
例のこどものような笑顔を見せていた。脱退するなんて考えられない、というほどの。


南部ブルーズ的なルーズさとタイトなリズムが織りなす"真っ白な闇の中、壊れかけちゃいないかい"では、
オーディエンスからも大きな歌声があがる。こうゆうシャッフル/ブギー調の曲がわたしは大好きである。

新作からは、さらにブルーズの深いところに行きついた感のある"救いの手"と、
一転してストーンズ型ロックンロールの"くたばっちまうには…"がつづいた。

ブルーズといってもあくまでも「ロックンロール・バンドが解釈する」ブルーズなので、
ギターのニュアンスに富んだクリアなカッティングが曲をタイトにひき締めているのでダレないし、
国内最高峰と言えるリズム隊にかかっては、その基盤は盤石どころではないのである。
まして、ストーンズ型ロックンロールをやらせたら何をかいわんや、であろう。


松尾が"ハレルヤ"のリフを弾きだすと、驚いた顔を見せると同時に笑いだす他の四人。
予定外だったのか何なのか、とにかく松尾以外は笑いながら「付きあう」といった感じ。

"Wandering Lush"が図太くも快適な「暑苦しくない」グルーヴで場内を沸かしたあと、
「曲順、変わっちまったな」と言う松尾。やっぱりそうゆうことだったか、と笑い声が起こる。


自らの脱退についてはまだ触れずに短いMCにまとめた森重が、
「こうゆうことをしている(日本の)バンドも、少ない」と言って次の曲を紹介。


新作からの"新しい風が"は、ロックンロールの「伝統」のひとつであるレゲエの曲だ。
余程のレベルにあるリズム隊でなければモノにできない曲ではないだろうか。

表面的な心地よさのウラに潜む彼らの職人技は、国内最高峰どころか世界レベルだろう。
日本の音楽業界に、「世界に出る」という意識さえあったら、と思わずにいられない。

彼らは商業的なことだけを考えるのだろうが、いちばん大切なのは国外のファンを納得させること、
つまりは音楽的な評価と、なにより「コイツら最高!」という「信頼」を得ることが重要なはず。
国内の流通・成功ばかりに汲々としていないで、もっと広い視野でバンドを育ててほしいものだが…。


カントリー調の"サンシャイン浴びながら"に和み、
「少し、アコースティックの曲を何曲か、聴いてもらいます」との言葉を挟んで、
松尾の奏でるゼマイティスのアコギ(ハート型のホール!)が美しい"綺麗事で飾り立てた自我を脱ぎ捨てたい"へ。

どこかクラシカルな響きのある曲で、そこが「ストーンズ型」というか、ブリティッシュではある。
いや、アイリッシュな郷愁もあるだろうか。だとしたら、やはりアメリカンでもあるのだ、きっと。

60年代の英国人がやろうとした古い米国人の音楽を、21世紀の日本人がプレイする、というのは倒錯ではない。
音楽など、それが好きでありさえするのなら、いつのものをどこの人間がやってもいいに決まっている。
アタマに、ココロに、生き方に、妙な「壁」が多すぎるのだ、作り手も聴き手もその間の手合いも。
それが日本だ、日本人だ、と言うことは可能だが、こと音楽に関しては徹底してユニバーサルでいたいと思った。
くだらないことに拘泥して、その音楽が持っているポテンシャルを味わい切れないひとがあまりにも多い。


異色作と言える"朝の光の中で"は、「十字架に架けられた神の子」へ語りかける内容の歌詞にドキっとさせられる。
しかし、それが音楽である限り、何をやってもいいのである。(素晴らしい曲であるのなら、という条件付きだが)


少々、シリアスな空気に包まれた会場を、
"傘がないのなら濡れて歩けばいい"のあたたかさが柔らかくほぐしてくれた。
オーディエンスも、実に楽しそうに歌っている。これが、もっと多くのひとに届いていたら…。


アコースティックのセットが終わって間が空き、マイクスタンドにもたれかかるような姿勢をとる森重に、
オーディエンスも「いよいよか」という緊張を感じとって静まった。

森重が長いMCを始めた。プロディを始めたころのこと、方向性の違いのこと。
「オレなんかまだアタマがチャラくて、まだモトリー・クルーとか言ってる(笑)」
「みんながルーツに戻っていくのに、オレが足を何度も引っ張ってしまって申し訳なかった」

松尾がフォローを入れる。
「オレもさ、やりたくない音楽をやるつらさって先に経験してるから、凄いわかったんだよね」
(ZIGGYを最初に脱退したときのことを言っているのだろうが、最近の状況も重ねていたのかも)
そう言うと、これは松尾の人徳というかキャラクターがなせる現象だが笑い声があがってしまい、
「オイオイ、ここ笑うとこじゃねぇぞ!(笑)」とツッコミ。森重も笑っている。

森「オレさ、バンド辞めんのって初めてなんだよ!(笑)」 そう言えば、そうだ。

松「みんなさ、いっしょに**(聞きとれず…)行こうか?」
森「オレはロサンジェルスがいいんだよね!(笑)」 ルーツ派とハードロック派の見事な対立。


円満なかたちで脱退することはこれまでのライヴの進行でよくわかってはいたものの、
新作が素晴らしい出来だけに、あまりに「惜しい」とも思ってしまう。


その新作から、ソウル的なニュアンスのある"空の見えない部屋"と、
ファンクっぽいロックンロールの"Don't Think'bout It,Just Feel It"がつづき、


足元のセットリストを「ここ暗くて見えねぇンだよね(笑)」と覗き込んだ森重が、
「非常ベル、がぁ~」と言って"非常ベルが鳴り止まない"のリフがスタート。

贅肉を削ぎ落した、体脂肪率の低いスマートでクリアなサウンドに絶妙なヴォーカルがのる。
このバンドはすぐにでもアメリカでプレイすべきだったのに…と、「もしも」がアタマを旋回する。

いま、こうしたロックンロールを聴かせることができるバンドはほとんどいない。
THE BLACK CROWESは活動休止だし、他は大ベテランばかりで、中堅も新人も弱い。
それはそうだ、「年季」が必要にして十分な条件なのだから。返す返すも、惜しい。


大好きなシャッフルの"独白(モノローグ)"で幸せな気分になり、
ちょっとZIGGYっぽくもある"Don't You Care,Don't You Mind""悪くない風に身を任せて"では、
「こんな気分にしてくれるライヴから遠ざかったら生きてる意味がなくなってしまう」と思わせられ、
(四月以降はライヴを観れなくなる可能性が大なので、それに脅えて生きる日々なのだ…)
シメは「これぞロックンロール!」の"Gotta Get Out"で大いに盛り上がって、本編は終了。


アンコールは"ウラとオモテ""罪の色を"という、プロディ独特のムーディーな曲が。
これは、森重樹一という稀代の歌い手を擁してこそ可能になる曲だろう。
「第三期」がどんなヴォーカリストを迎えるのかまったく想像がつかないが、
こういった森重独特の雰囲気を色濃く纏った曲を歌うのは、凄く難しいと思う。

とはいえ、聴いている間はただただ陶然と聴き入っていたのだったけど。
シャレたギターにクールなベースとドラム、そしてあのねっとりとした歌メロ。

素晴らしいバンド、素晴らしい曲、素晴らしいという言葉では足りないほど「素晴らしい」ライヴ。
でも、これほどまでに豊饒な音楽を受け入れる余地がこの国にはほとんどない、という現実…。


セカンド・アンコールは「この曲から、このバンドは始まったんですね」との言葉で、
1stEPタイトル曲の"いびつな宝石"が、しっとりとしたアンプラグド・スタイルでプレイされた。

そうだ、始まりは別の意味で「洗練」されていたのだった。
まったく、なんと引き出しの多いひとたちだろう…。


「オレなんかさ、ツーデイズだと明日もあるって思っちゃうんだけど、今日でオシマイってひともいるんだよね。」
「みんなホントにありがとーっ!」と大きな笑顔で、大声で言う森重に、あたたかい声援と拍手が送られる。

「それでは最後は、ドカーンといきましょう!」と、
騒がしい"Cosmic Bar Blues"が盛大に、でもビシっとラストを締めくくってくれた。



今日の最終公演はどうだっただろう。
きっと、昨日と同様の笑顔が見られたに違いない。


SETLIST
01. 青い鳥
02. 真っ白な闇の中、壊れかけちゃいないかい
03. 救いの手
04. くたばっちまうには・・・
05. ハレルヤ
06. Wandering Lush
07. 新しい風が
08. サンシャイン浴びながら
09. 綺麗事で飾り立てた自我を脱ぎ捨てたい
10. 朝の光の中で
11. 傘がないのなら濡れて歩けばいい
12. 空の見えない部屋
13. Don't Think'bout It, Just Feel It
14. 非常ベルが鳴り止まない
15. 独白(モノローグ)
16. Don't You Care, Don't You Mind
17. 悪くない風に身を任せて
18. Gotta Get Out
Encore
19. ウラとオモテ
20. 罪の色を
Encore 2
21. いびつな宝石
22. Cosmic Bar Blues


THE PRODIGAL  SONS official
http://www.the-prodigal-sons-japan.com/

森重樹一 official
http://www.morishigejuichi.com/

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